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東京地方裁判所 平成4年(ワ)6734号 判決

原告

京成電鉄株式会社

右代表者代表取締役

村田倉夫

右訴訟代理人弁護士

阿部隆彦

田中治

北沢豪

被告

富士海運株式会社

右代表者代表取締役

柳澤昇

右訴訟代理人弁護士

中村誠一

菊池美一

主文

一  被告は、原告に対し、三億七二八一万九九八〇円及びこれに対する平成三年一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、三億七二八二万〇六五〇円及びこれに対する平成三年一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

原告は、鉄道による一般運輸業等を目的とする株式会社であり、そのための施設として、東京都葛飾区四つ木三丁目二三番地先の荒川に架かる鉄道用橋梁(以下「荒川橋梁」という。)を設置している。

被告は、海上運送業務等を目的とする株式会社であり、その雇用する山口清(以下「山口」という。)を船長として、富士石油運輸株式会社所有の第八富士宮丸(以下「本件タンカー」という。)を運航していた。

2  本件事故の発生

山口は、平成三年一月五日、石油を積載した本件タンカーを操船して荒川を遡上していたが、同日午前六時七分頃、本件タンカーの右舷船首部分を荒川橋梁の第一五番目(東京側からの順番号。以下、橋脚につき同じ。)の橋脚に衝突させた。その結果、第一五番目の橋脚はそのコンクリート土台が切断されて橋梁を支えることができなくなり、また、荒川橋梁自体が衝突地点を中心に前後約四〇メートルにわたり上流方向へ最大約五〇センチメートル湾曲したため、原告は、荒川橋梁を通る押上線を運休させた。

3  山口の過失

山口は、本件事故の当時、本件タンカーを操船して荒川を遡上し、荒川橋梁を通過しようとしていたが、荒川橋梁の第一四番目と第一五番目の橋脚の間の上流及び下流には防護用門(以下「上流門構」及び「下流門構」という。)が設置されていたので、荒川橋梁を本件タンカーで通過する際には、適切な速度を保ちつつ、荒川の中央付近から本件タンカーを右転させた後、左転させて、下流門構、第一四番目の橋脚と第一五番目の橋脚の間、上流門構を順次接触することなく通過するよう操船すべき注意義務があった。

ところが、山口は、本件タンカーの航行速度を減速することを怠ったか又は速やかに左舵を取って左転させることを怠って、本件事故を惹起した。

4  原告の損害

原告は、本件事故により、次のとおり、合計三億七二八二万〇六五〇円の損害を被った。

(一) 原告は、本件事故により損傷を受けた荒川橋梁の復旧工事費用として、合計三億四三〇五万二八三〇円を支払った。

(二) 原告は、本件事故により押上線の運行が平成三年一月五日、六日の両日不可能になったため、原告のバスにより合計九六万八一六〇円相当の代行運送及び振替輸送を実施し、また、他の交通機関に振替輸送を依頼して、その費用として合計一一六万九八七五円を支払った。

(三) 原告は、押上線の右運休期間中の定期外乗客からの運賃収入二七六二万九七八五円を失った。

5  よって、原告は、被告に対して、民法七一五条に基づき、本件事故により被った損害の賠償として合計三億七二八二万〇六五〇円及びこれに対する不法行為の日である平成三年一月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1(当事者等)の事実は認める。

2  請求原因2(本件事故の発生)のうち衝突時刻を除く本件タンカーの衝突に関する事実(衝突時刻は午前六時一〇分頃である。)及び荒川橋梁に損傷が生じ押上線が運休した事実は認め、その余の事実は不知。

3  請求原因3(山口の過失)のうち山口が本件タンカーの航行速度を減速することを怠ったり、速やかに左舵を取ることを怠った事実は否認し、その余の事実は認める。

山口は、本件タンカーを荒川の中央付近から右転させた後、左舵を取ったが、上げ潮の流れが強かったためか左舵が効かなかったもので、仮に左舵を取るのがもっと早かったとしても舵効は現れなかったと推定される。荒川橋梁の通航路は、荒川の左岸寄りに設定された幅約一五メートル、長さ約六〇メートルの水路であって、幅8.5メートル、全長40.83メートルの本件タンカーを請求原因記載のように転針させて操船することは困難であった。その上、荒川橋梁付近の川の流れは潮の流れの影響があるためもともと単純な水流を想定できない状況にあるところ、本件事故の当日は上げ潮が強く勢いがあったため川の流れと潮の流れが複合し、その流れに対して斜めに舵を取るとき、どのようになるかは判明しなかった。このように水路の危険性に水流の複雑さが加わった状況下で本件タンカーを操船していた山口には、本件事故の結果回避可能性がなかったので、本件事故発生についての過失はない。

また、荒川橋梁の橋脚は大正一二年頃建造されたまま構造上の変更や補強がされず(鉄筋も入っていない。)、既に老朽化しており、横からの衝撃に比較的弱いものであったために、橋台がずれるという重大な結果が生じたものであって、被告にはその予見可能性はなかったので、過失はない。

4  請求原因4(原告の損害)の事実は不知。

三  抗弁

1  民法七一五条一項但書による免責

山口は、適法な海技免状を有し、東京湾内航行のタンカーに約二五年乗船し、船長として約一〇年の経験を有しており、本件事故当時も一か月に平均二三回タンカーを操船して航行し、本件タンカーに乗船する以前から(本件タンカーでも二年間)荒川橋梁を多数回にわたり通航した経験を有していた。また、山口は、操船に関して処分を受けたこともなく、操船技術にも問題はなかった。そして、被告は、タンカーの運航に関して一か月に一回安全会議を開催して在籍する船員に対して安全教育を行っており、荒川橋梁について常日頃難所であるから十分注意するよう指導していた。

このように、被告は、被用者である山口の選任及びその事業の監督につき相当の注意を尽くしたものであるから、民法七一五条一項但書により免責されるべきである。

2  過失相殺

荒川橋梁の通航路は昭和三〇年頃までは荒川の中央部に設定されていたが、その頃、原告が通航路を本件事故当時の位置に移動した結果、荒川橋梁の通航のためには川と潮の流れに斜めにS字航行をするという難しい操船技術が要求されるようになったもので、原告は、通航路を荒川の中央部に設定すべきであったのに、これを怠っており、本件事故の発生に重大な寄与をしているので、当該過失を損害賠償額の算定にあたって斟酌すべきである。

また、原告は、前述のとおりの荒川橋梁の老朽化ひいては衝突事故における強度不足を知りながら、その対策を講じることを怠っており、本件事故による損害の拡大に重大な寄与をしているので、当該過失を損害賠償額の算定にあたって斟酌すべきである。

四  抗弁事実に対する認否

1  抗弁1の主張は争う。

2  抗弁2の主張は争う。

原告が、荒川橋梁の通航路を本件事故当時の位置に設定するに際しては、関係各方面(主に海運関係者)と協議の上、河川管理者から上流門構及び下流門構について占用許可を得て設定しており、昭和四九年の設定以来毎日数十隻以上の船が何の問題もなく通航しているものである。

また、荒川橋梁は、古いものではあるが、鉄道運行上は何ら問題なく供用されてきたものであるから、強度不足の指摘はあたらない。

理由

一  請求原因1(当事者等)について

右事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(本件事故の発生)について

右のうち衝突時刻を除く本件タンカーの衝突に関する事実及び荒川橋梁に損傷が生じ押上線が運休した事実は当事者間に争いがなく、証人永作勇の証言により、衝突時刻が午前六時七分頃である事実を認めることができ、また、甲第一号証及び乙第二、三号証により、本件タンカーが衝突した結果、第一五番目の橋脚はそのコンクリート土台が切断されて橋梁を支えることができなくなり、また、荒川橋梁自体が衝突地点を中心に前後約四〇メートルにわたり上流方向へ最大約五〇センチメートル湾曲した事実を認めることができる。

三  請求原因3(山口の過失)について

乙第一ないし第四号証及び証人山口清の証言を総合すれば、荒川橋梁の通航路として荒川の中央から約五〇メートル左岸寄りの第一四番目の橋脚と第一五番目の橋脚の間(幅約一九メートル)が指定されており、荒川橋梁の上流及び下流の各約三〇メートルに上流門構及び下流門構が設置され、下流門構の下流約一六〇メートルの地点に木根川橋が架設されているため、荒川を遡上する船は、木根川橋を通過してから機関の回転数を少し下げて減速の措置を採りつつ、まず右転し直ちに左転した後更に右転するという操船を行うこととなっていたこと、本件タンカーは全長約四〇メートル、幅8.5メートル、一四一総トンのタンカーで、白灯油約五〇〇キロリットルを積載していたこと、山口は、荒川を遡上し、荒川橋梁の下流約2.3キロメートルの地点の平井大橋付近で潮の流れが強く下流から上流に向けて早い流れが生じていることを認識したこと、山口は、木根川橋の下流約二〇〇メートルの地点で機関の回転数を少し下げて進み、船体の中央部が木根川橋の橋脚を通過した頃舵を右に取って本件タンカーは右に回頭し、その際、機関の回転数を更に下げて、その後左舵を取ったが舵効は現れず、左舵を一杯に取るとともに機関を停止、後進にしたものの、本件タンカーは僅かながら左に回頭しただけでほぼそのままの態勢で第一五番目の橋脚に衝突したことが認められる。  従って、山口は、本件タンカーを右転させた後に直ちに左転させて第一四番目の橋脚と第一五番目の橋脚の間を通過するように操船すべきであったのに、右の一連の転針動作に対応できるよう速度を調整し、適時に転針動作を行うことを怠った過失があるというべきである。なお、左舵を取って舵効が現れるように速度を調整することが可能であることは当然のことであり、山口が潮の強い流れが操船にどのような影響を与えるかを判断できなかったのであれば、本件タンカーを停船させるべきであったのであるから、そのことは山口を免責させる理由にはならない。また、証人山口清の証言中には、左舵が効かないことを認識した際に初めて減速したと供述する部分があるが、海難審判手続における同人の供述等とは内容を異にしているから、右供述部分を採用することはできないし、仮に右供述部分のとおりであったとしても、山口に前記過失があるとの判断は相当である。

被告は、荒川橋梁の橋台がずれるという結果について予見可能性がなかったと主張するが、本件タンカーが橋脚に衝突した場合に全く橋脚に障害が生じることがないとは考えられないから、右主張は失当である。

四  請求原因4(原告の損害)について

(一)  甲第二号証の一、二、同号証の三の一及び二、同号証の四の一ないし五、同号証の五の一及び二、同号証の六の一及び二、同号証の七、甲第五号証の一の一ないし四、一の五の一及び二、一の六、一の七、一の八の一及び二、一の九の一及び二、同号証の二の二、同号証の三の一の一、三の二、同号証の四の一の一、五及び六、四の二ないし四の各一及び二、同号証の五の一及び二、同号証の六の一の四及び五、六の二の四ないし六、六の三の四ないし六、六の四及び五、同号証の七の一の二、七の二、甲第六号証並びに証人永作勇の証言によれば、原告は本件事故により損傷を受けた荒川橋梁の復旧工事費用として、株式会社奥村組に対し三億二一一五万四〇〇〇円、千歳電気工業株式会社に対し一八二万二〇七〇円、京電工株式会社に対し一五三万二六四〇円、日本電設株式会社に対し一二四万三一三〇円、日興通信株式会社に対し一八八万四九〇〇円、東横車輛電設株式会社に対し四〇七万五七一〇円、東邦電気工業株式会社に対し一五万〇三八〇円を支払い、右合計は三億四三〇五万二八三〇円であることが認められる。

(二)  甲第三号証の一、二の一及び二、同号証の三ないし六並びに証人永作勇の証言によれば、本件事故により押上線の運行が平成三年一月五日、六日の両日不可能になったため、原告は、原告のバスにより合計九六万八一六〇円相当の代行輸送(四二万〇二四〇円相当)及び振替輸送(五四万七九二〇円相当)を実施し、また、他の交通機関に振替輸送を依頼して、その費用として、東日本旅客鉄道株式会社に対し五八万七一一〇円、帝都高速度交通営団に対し一八万〇〇二〇円、東京都交通局(地下鉄)に対し五万九八六〇円、東京都交通局(バス)に対し一〇万三六八〇円、東武鉄道株式会社に対し二三万九二〇五円を支払い、右合計は一一六万九八七五円であることが認められる。

(三)  甲第四号証の一ないし四及び証人永作勇の証言によれば、本件事故による運休期間中に右運休区間に一二万三八〇三人(甲第四号証の一は、平成二年一月の押上線内発着人員を一九一万九〇〇〇人としているが、同号証の二によれば、一九一万八九五四人が正しいので、原告主張の人数は採用できない。)の定期券を利用しない乗降客があったはずで、右乗降客は一人当たり平均223.17円の運賃を支払ったと原告が推定していることが認められ、右推定に従うと、原告は本件事故による押上線の運休により定期外乗客からの運賃収入二七六二万九一一五円を失ったことになり、右推定が特に不合理であると認めるべき証拠はない。

(四)  以上のとおりであるから、原告が本件事故により被った損害は合計三億七二八一万九九八〇円である。

五  抗弁1(民法七一五条一項但書による免責)について

乙第四号証、証人山口清の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告は一か月に一回の割合でその雇用する船員を召集して船の安全運航に関する会議を開催しているが、その際に船員に行った注意は荒川橋梁付近の通航に関しては難所であるから十分に注意するようにとか慎重に行くようにという程度のものであったこと、平成二年一〇月に被告の運航する第一〇富士宮丸が中川を航行中に橋梁に衝突する事故を起こした際にも被告は前記の一か月に一回の会議の際に同様の事故を起こすことのないよう慎重にやるよう注意したのみで格別の対策は採らなかったことが認められ、右認定の事実からすると、被告が被用者である山口の事業の監督につき相当の注意を尽くしたものと認めることはできない。

六  抗弁2(過失相殺)について

原告が荒川橋梁の通航路として荒川の中央から約五〇メートル左岸寄りの第一四番目の橋脚と第一五番目の橋脚の間を指定し、上流門構及び下流門構を設置していること、荒川を遡上する船は、木根川橋を通過してから機関の回転数を少し下げて減速の措置を採りつつ、まず右転し直ちに左転した後更に右転するという操船を行うこととなっていたことは、既に認定したところである。しかし、証人永作勇の証言によれば、上流門構及び下流門構が設置された昭和四九年以降荒川を航行する船が門構への接触事故を起こしたことはあるものの、荒川橋梁の橋脚に衝突する事故は発生したことがなかったことが認められるので、原告の通航路の指定自体が不適切で本件事故の発生に重大な寄与をしたと認めることはできない。

また、荒川橋梁の老朽化が本件事故による損害の拡大に寄与した事実を認めるべき証拠はないので、右に関する過失相殺の主張は失当である。

七  結論

よって、原告の本訴請求は、不法行為(使用者責任)による損害賠償として三億七二八一万九九八〇円及びこれに対する不法行為の日である平成三年一月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条但書、八九条を、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大島崇志 裁判官野口忠彦 裁判官門田友昌)

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